シンガポールワーホリのまとめ②

シンガポールでワーホリをしていたChihiroです。 続けて②で全体を通しての感想を書こうと思います。まとめ①はこちら  

リバークルーズからのマーライオン

    そもそもワーホリをいつから考えていたのか。 ―おそらく大学生の頃から何となくと考えていたと思います。   しかし、私は専門色が強い大学にいたので、休学をしてまで海外に行こうとは考えられませんでした。 グループワークが多く、企業に向けて市場調査をし、企画立案、プレゼンといった 一風変わった授業が面白く、大学にのめり込んでいましたね。   それと同時に数回行ったシンガポールが常に頭どこかにありました。 私が”シンガポール”という名前を出しすぎて、 友人からはシンガポールというイメージが着くくらいです。笑   就活で行き詰っていた時もシンガポールに訪れ、リラックスできたのを覚えています。 いつか住みたいと思っていましたが、ビザが厳しいと知りました。 少しでもいいから住みたい!という思いから探してみるとワーホリがありました。  

クエ

  自分の中に、「日本の就活を経験して、新卒として働く」という考えがあったので、 卒業してすぐワーホリという考えには至りませんでした。 ですが、社会人3年目、25歳、東京オリンピックという区切りは意識していました。   働き始めて1年半、仕事が面白いと思うようになりました。 となると区切りは意識するものの、辞める辞めないが常にぐるぐる…。 そうなった時の基準は先輩でした。この先どんなキャリアを歩むのか様子見です。 3年目になってワーホリについて調べ始めると、いろんな国の情報が集まります。 英語ができないからオーストラリア、カナダあたりからかな…?などと考えていると シンガポールの25歳までという文字を見つけました。   今行かないと、長く滞在するチャンスがなくなるかもしれない…   ということで思い切って、仕事を辞めました。 とはいえ今でも前職の上司と連絡を取ったり会ったりしています。  

サテー

  話を戻しまして、6月後半からシンガポールでの生活を始めて、 私が想像していたシンガポールとほぼ同じでした。 まだ表面的な部分しかわかっていませんが、 少なくとも6ヶ月間ギャップからくる嫌な思いはしていません。     安全、交通が便利、日本食が手に入りやすい、いろんな国の人がいる、 英語が下手でも受け入れてもらえる、優しい、街が綺麗…等々。 個人的には”下手な英語でも受け入れてもらえる&優しい”を実感することが多かったです。 こんな私でも皆さん話しかけてくれるので、こちらも頑張って伝えようと努力しますね。   そしていろんな出会いがありました。 日本人留学生、語学学校、同居人、親戚、ご近所さん、同僚…日本人駐在員。 シンガポールに1人も知り合いがいなかったのに、 こんなにも知り合い・友人が増えました。   あまりブログを更新していませんでしたが、休みの日は語学学校の友達とご飯に行ったり、 イベントに行ったりと楽しく過ごすことができました。  

HOTPOT

  そして、12月の終わりからシンガポールで就活をしていました。 上記のような大学だったために人材紹介会社には厳しいことをたくさん言われました。 大学時代があったからこそ、シンガポールに行こうと思えたので後悔はしていませんが、 なかなか複雑な思いでしたね。もちろん、自分の現状は重々承知です。   そんな中、ぎりぎりまで時間を使って、外資と日本の会社からオファーをいただきました。 レジュメ、英語のやり取りも少し準備して、不慣れなまま面接を受けていました。 結果として、日本人が経営する現地法人の会社で働くことになりました。 前職と同じく物流関係ですが、貿易や商社のように括りが少し大きくなりました。 新たな知識が必要で、常に新鮮です。  

シンガポール航空

  それに伴い、ビザの許可がおりるまで2週間、日本に帰国していました。 手続きを行い、友人に会い、自動車免許のAT限定解除、国際免許を取得してきました。 真夏から寒波の雪国に帰り、多少体調がおかしくなりました。汗 そして惜しみのないようにスノーボードをしてきました。笑   無事、許可がおり、コロナウイルスのいろんな不安はありましたが 普通に戻ってきて、普通に生活しています。 前の家を再契約し、シンガポールの道路を運転したり、ブキティマヒルをトレッキング、 ボルダリングに行ったり、県人会に参加したり、より充実した日々を送っています。 今後はこちらの自動車免許取得(国際免許が1年で切れるため)、貿易事務の知識をつける、 英語のやり取り向上を目標に頑張りたいと思います。   シンガポールのワーホリはまだまだマイナーですし、 社会人でワーホリに来ると「何でシンガポールなの?」と聞かれることが多いです。 私も最初からシンガポールに来るとは思っていませんでした。 ですが、行きたい場所に何歳であろうと挑戦することは可能だと思います。 私でさえ、リスクを恐れていました。   日本を出国する前に読んでいた本に、英国の作家オットの言葉が引用されていました。 It’s never too be late to be who you might have been. 『なりたかった自分になるのに、遅すぎることはない。』  

ビンタン島

  自分に重なって、勇気をもらえましたね。 だらだらと長くなってしまいましたが、どなたかの参考になっていれば幸いです。   長い間、ありがとうございました。   Chihiro

この記事を書いたのは・・・

チヒロ(社会人・女性)
チヒロ(社会人・女性)
「チヒロの社会人→ワーホリ!! in シンガポール」
日本の大学を卒業、新卒で3年間働いた後に旅行で何度も訪れたシンガポールで語学留学&ワーホリ。